「まずは自国」が何で悪い?アメリカファーストは正論です。
「アメリカファースト」は当たり前。なぜそれが悪者扱いされるのか?
たとえば、こういう話があったとする。
家計が火の車で、子どもの学費もギリギリ。でも、なぜか毎月、隣の家の修理費とか、町内の寄付に何万円も出してる。それをやめて、まずはうちのことを何とかしようって言ったら、「冷たい」「自己中心的」と責められる。……は? いやいや、普通に考えて、まずは自分の家でしょ?
これ、国家でも同じだよね。アメリカだって日本だって、まずは自国民の暮らしを何とかするのが政治の役割でしょ。それが「アメリカファースト」「日本ファースト」っていう考え方。でもなぜか、これを言うと悪者扱いされる。不思議だよね。
トランプが「アメリカファースト」って言い始めたとき、多くの人は「当たり前じゃん」と思ったはず。なぜなら、それまでのアメリカの大統領――たとえばオバマや、当時副大統領だったバイデン――は、やたらと「国際協調」とか「グローバルスタンダード」ばっかり言ってたから。
もちろん、国際協調が悪いわけじゃない。でも、それって余裕があるときにやるもんでしょ?
自国の雇用が失われ、地方の産業が空洞化して、移民とのトラブルが増えてる中で、「世界の警察」みたいな顔をしても、国民からすれば「いや、まずは俺たちを見てよ」ってなるよね。
トランプはそこにガツンと切り込んだ。「もうアメリカは世界の財布じゃねえ!」ってね。これは当時のアメリカの多くの庶民にとって、スカッとするメッセージだったと思う。で、予想通りメディアやエスタブリッシュメントが総叩きにした。「排外的だ」「ポピュリズムだ」って。
でもさ、それっておかしくない?
世界を救うのは立派なことかもしれないけど、自分の国の国民を救うのが先でしょ。順番の問題だよ。自国をまず良くして、余裕があれば助け合いましょう。それが自然でしょ。
なのに、この「自国をまず守る」って考えをやたらと敵視してくる勢力がいる。誰かって? だいたい左寄りで、国際協調を旗印に利権を築いてる人たちだよね。たとえば国連の一部機関とか、環境ビジネスとか、大手メディアとか、大学の国際関係学者とか。
彼らは「世界のためにアメリカは我慢しろ」「日本も国際的責任を果たせ」って言うけど、それって結局、自分たちのポジションを守るためだったりする。だって、国際協調が進めば進むほど、自分たちは必要とされるし、資金も集まるから。
要するに、「お前らもっと財布開けよ」って話を、きれいな言葉で言い換えてるだけ。
そして、それに反発する普通の庶民の声を「極右」「レイシスト」「陰謀論者」みたいに決めつけて、封じ込めようとする。だから話がこじれるんだよ。普通の人はただ、「まずは自国を」って言ってるだけなのに。
本来、自国第一と国際協調は対立しなくていい。
まず自分の国を安定させる。それができてこそ、他国ともちゃんと協力できる。国家も人間も同じ。自分が溺れてたら、人を助ける余裕なんかないでしょ。
それを、「自国第一を言うな!」「国際協調こそ正義だ!」ってやるから、話がややこしくなる。しかもその裏には利権がある。だから余計にタチが悪い。
日本だってそう。たとえば首相が「我々は国際協調を最優先します。次に中国、次に韓国、その次が日本です」なんて言ったら、大バッシングでしょ? でも今の日本の政策って、ちょっとそれに近いとこあるよね。外国にはやたら支援金出すのに、国内の中小企業や子育て支援は後回し。増税だけはきっちり。
そりゃ不満も出るわ。
だから「日本ファースト」も、もっと堂々と言っていいはずなんだよ。もちろん排外主義じゃない。でも、自国民の生活を第一に考える。それが国家の基本だし、そうでないと国際社会の中でまともに立てない。
政治って、本来は身近な生活を守るためのもの。その原点に立ち返れば、「アメリカファースト」だって「日本ファースト」だって、ごく当たり前の話なんだよね。
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