日本の植民地支配はヨーロッパとちょっと違った話

 日本の植民地支配はヨーロッパと何が違ったのか?


「植民地支配」って聞くと、どんなイメージがあるだろう?

多くの人は、銃や大砲で土地を奪って、現地の人たちを好き放題に働かせる、みたいな乱暴な支配を思い浮かべるかもしれない。

これはだいたい正しい。特に19世紀以降のヨーロッパ列強、イギリスとかフランスとか、そういう国が世界中でやってた支配はそんな感じだった。


でも、日本が朝鮮半島で行った植民地支配は、実はこのヨーロッパ型とはちょっと違った。

もちろん、差別や支配はあった。

だけどやり方や建前が、独特だったんだよね。

今日はその話を、できるだけわかりやすくフランクにしてみる。



まず、ヨーロッパ型の植民地支配って超シンプルだった。

「俺たちは支配者、お前らは支配される側」

もうこれだけ。

現地の人たちは基本的人権なんかないし、選挙にも参加できないし、学校教育もまともに受けられない。

現地の文化?そんなもん知るかって感じで、西洋式の文化や言葉を押しつけまくった。


例えばイギリスがインドを支配していたとき、インド人にイギリス本国と同じ権利を与えようなんて微塵も思ってなかったし、

フランスがアルジェリアを支配したときも、アルジェリア人にフランス国民と同じ立場を与えるなんて絶対にしなかった。

現地の人たちは、ずっと「支配される側」であり続けた。



じゃあ日本はどうだったのか。


日本は1910年に「韓国併合条約」を結んで、朝鮮半島を正式に自国領に組み込んだ。

ここでまずポイントなのは、朝鮮の人たちも「日本国民(帝国臣民)」だって建前を作ったこと。


これ、ヨーロッパ列強とは全然違うアプローチだった。

イギリスもフランスも、現地人を自国民だなんて絶対に認めなかったけど、

日本は「お前らも日本人だよ」と、表向きは言ったんだ。


しかも、さらに特殊だったのは、朝鮮半島じゃなくて日本本土(内地)に移住した朝鮮人たちには、ある条件を満たせば選挙権も与えたこと。

1925年に普通選挙法が成立して、納税額とかの制限がなくなり、25歳以上の男子なら基本的に選挙権が持てるようになった。

このとき、内地に住んでいる朝鮮出身者にも、ちゃんと法律上は適用されたんだ。


これ、ヨーロッパ型の植民地支配ではありえない。

支配される側の人間に、本国の選挙に参加させるなんて、絶対しない。

でも日本は、建前上はそれを認めた。



とはいえ、現実はそんな甘くなかった。

まず、朝鮮半島(いわゆる外地)に住んでいる朝鮮人たちは、日本本国の憲法(大日本帝国憲法)がそのまま適用されなかった。

だから、帝国議会の選挙に参加することもできなかったし、基本的人権も制限されていた。

朝鮮半島には「朝鮮総督府」が置かれ、総督(天皇直轄の役職)が絶大な権力を持って、軍隊みたいな支配をしていた。


しかも、内地に移住してきた朝鮮人だって、社会ではバリバリに差別されていた。

例えば、学校では朝鮮人というだけでいじめに遭うし、仕事でも給料が低かったり、職業選択に制限があったりした。

選挙権があったとしても、周囲の無言の圧力で事実上行使しにくかった。


つまり、

「建前では日本人だけど、実際には明らかに区別され、差別されていた」

ということ。



日本は、表向き「同じ国民ですよ」って言いながら、

内心では「でもお前らは本当の意味では日本人じゃないからな」という意識を持ってた。

この、建前と本音のズレ、ここが日本の植民地支配の最大の特徴だったと思う。


ヨーロッパ型みたいに、最初から「俺たちは支配者、お前らは被支配者」と割り切っていれば、

まだわかりやすかったかもしれない。

でも日本は、半端に「同化させよう」としたからこそ、

朝鮮人たちにとってはアイデンティティを引き裂かれるような苦しみを味わうことになった。


自分たちの言葉を捨てさせられ、名前も日本式に変えさせられ、

でも日本人にはなりきれない。

この矛盾と苦しみは、ものすごく深いものだったはずだ。



じゃあ、なんで日本はこんな半端なことをしたんだろう?


一つには、「欧米列強に並びたい」という焦りがあったと思う。

当時、日本は列強と呼ばれる国になりたくて必死だった。

そのためには、自分たちも植民地を持たなきゃいけない。

でも、西洋型の露骨な差別植民地支配をそのままマネするのは、どこか後ろめたかった。

だから「同じ国民にする」という建前を作って、自分たちの支配を正当化しようとした。


もう一つは、「日本の国体(天皇中心の国家体制)」を拡張しようとしたから。

天皇の下にすべての臣民が平等にいる、という理屈を世界に広げようとした結果、

「お前たちも日本人だ」という矛盾した支配の形になったんだと思う。



この日本型の植民地支配は、今も影響を残している。


たとえば、戦後に日本に残った朝鮮人(在日コリアン)の問題。

「もともと日本国民だったのに、戦後いきなり外国人にされた」という複雑な背景がある。

あるいは、日韓関係のこじれも、

単に戦争中の問題だけじゃなく、植民地支配時代のこの「建前と本音の矛盾」が根っこにある。


植民地支配って、ただ「悪いことをしました」で済む話じゃない。

どんな論理で支配を正当化したのか、どんな矛盾を抱えていたのか、

そこまでちゃんと見ていかないと、本当の意味では理解できないと思う。


日本の朝鮮支配は、ヨーロッパ型とはまた違った、

ある意味もっとねじれた植民地支配だった。


この事実を知ることは、今を生きる自分たちにもけっこう大事なことなんじゃないかな、と思う。


コメント

このブログの人気の投稿

「マスゴミ化」が止まらない——日本のメディアが信頼を失った理由

「ふっくら握りました」の裏側で、日本人の栄養が削られている件

なんで日本はいつも“他国の失敗”を後追いするの?