平等を勘違いしてるヤツが多すぎる

 


結果の平等は平等じゃねえんだよって話



最近よく見かけません?

「もっと女性を管理職に」とか、「格差をなくせ」とか、「誰でも同じようにチャンスがあるべき」みたいなキレイなスローガン。


いやね、言いたいことはわかるよ?

差別はダメ、みんなが生きやすい社会を目指そう──わかる。わかるんだけどさ、ちょっと冷静に考えてみようやって話。


今回は、「結果の平等は平等じゃないだろ」ってことを、3つの具体例を交えて語っていきます。

あくまで一意見だけど、同じようにモヤっとしてた人には刺さるかも。逆に「差別だ!」とか言いたい人は、読まない方がいいかもしれません。





1. 「女性枠」って誰のためなの?



まず一番言いたいのはコレ。

なんか最近どこもかしこも「女性枠」だらけじゃないですか?


大学の入試でも「女子枠」作ります、

企業の採用でも「女性を一定数採れ」って通達が来る、

管理職でも「30%を女性に」とか、政治の世界でも「クオータ制」だとか──


おいおい、ちょっと待てと。

そもそも女性本人が「責任あるポジションにつきたくない」って思ってる場合が多いのに、なんで“数合わせ”のために無理やり入れようとすんの?


もちろん、やる気ある女性は大歓迎だよ?

でも、「ポストが空いてるからとりあえず女で埋めよう」みたいなノリって、逆に失礼じゃない?

「実力で選ばれた」って思えなくなるよ。本人も、周りも。


しかも、無理に女性を押し上げようとすると、「やりたくないのに選ばれた女性」も、「頑張ってきたのに落とされた男性」も、どっちも不幸になるっていうね。

ほんと誰得?


日本って、良くも悪くも「自分の生き方は自分で選ぶ」って文化が強いんです。

「結婚して子育てに専念したい」って女性も多いし、「別に出世したくない」って人も多い。

そういう価値観がある中で、「女性の数を揃えろ!」ってやったら、そりゃ不自然になるよ。





2. 「平等教育」で平均バカ製造機になってない?



次、教育の話。


「みんなで仲良く」

「差をつけないように」

「落ちこぼれを出さないように」


いやさ、それ、建前としてはいいんだけどさ、現実見ようぜって話。


同じ教科書、同じ授業、同じペースで教えてたら、理解早い子は退屈するし、ついていけない子は置いてけぼりになる。

結果、みんな中途半端になる。そう、平均バカ製造機の完成。


で、「結果の平等」のためにどうするかっていうと──

テストの難易度を下げたり、点数の付け方を甘くしたり、最悪「みんな合格」みたいなザル制度にする。


それで「はい、みんな平等です!」って、バカにしてんのか?


優秀な子にはどんどん先に進ませてあげればいいし、つまずいてる子には個別でサポートすればいい。

つまり、「機会は平等に、でも進み方はそれぞれでOK」ってのが本来あるべき教育の姿だと思うんよ。


国力とか創造力って、ぶっちゃけ“突出した少数の天才”が引っ張るもんなんですよ。

その芽を「みんなで足並み揃えよう」ってことで潰してたら、そりゃ国は沈むよ。





3. 所得再分配って、頑張る人に冷たくない?



はい、最後はお金の話。


「金持ちからもっと税金取れ!」

「格差をなくせ!」

「ベーシックインカムでみんなに配れ!」


うん、気持ちはわかる。でも、ちょっと落ち着こうか。


世の中には、朝から晩まで働いて、資格取って、リスク背負って起業して、やっとの思いで高所得になってる人がいる。

その人から「もっと取れ!」って、言ってる方はどれだけ努力したの?


もちろん、弱者を助けるのは社会の役目だよ。最低限の生活は保障されるべきだと思う。

でも、「頑張ってない人にまで一律で金配れ」ってのは違うでしょ。


頑張った分を持っていかれすぎたら、そりゃ「もう頑張るのやーめた」ってなるよ。

で、優秀な人ほど「日本で働く意味ないな」って、海外に流れる。


その結果、日本に残るのは「もらう側」の人ばかり。

これで持続可能な社会になるかって言ったら──絶対ならんよね。





「平等」って、目的じゃなくて“手段”だと思うんだよね



ここまで読んでくれた人には伝わってると思うけど、

俺が言いたいのは、「平等なんてクソだ」とかじゃない。むしろその逆。


**本当に大切なのは、「機会の平等」**なんです。


誰もがスタートラインには立てる。

でも、どれだけ走るか、どこを目指すかは自分次第。

その結果が違うのは、当たり前なんですよ。


それを「結果まで揃えろ」ってやるから、社会がおかしくなる。

しかも、うまくいってる人を冷遇して、努力しない人を甘やかす。

そんなの、平等じゃなくて逆差別だよね。





まとめ:努力する人が報われる社会がいいじゃん



格差があるのは当然。

みんな違うし、それぞれの価値観があるんだから。

だからこそ、「同じにしよう」じゃなくて「それぞれが自由に生きられる」社会を目指すべきなんじゃないの?と思うわけです。


努力する人がちゃんと報われて、

頑張らない人は「もっと頑張ろう」と思えるような、

そんな当たり前の社会の方が、よっぽど健全だと思うんだけどな。


というわけで、「結果の平等は平等じゃない」という話でした。

これが少しでも「そうだよな」って共感してもらえたら嬉しいです。

逆に「けしからん!」って人は、まあ、それはそれで自由にどうぞ。


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