マスコミは反省してない。戦前と同じ体質のまま

 戦前から何も変わってないマスコミの「病気」〜反省ゼロ、報道しない自由、空気支配の100年〜


日本のマスコミって、なんでこんなに信用されてないのか?


「政治家が腐ってるからだ!」とか「忖度報道が多いから!」ってのもあるけど、

正直、根本的な原因はもっと深い。

それは――戦前から何一つ変わってないメディア体質だ。


「軍部に迎合して戦争を煽っておきながら反省せず」

「国民を扇動しておきながら“俺たちは被害者”ヅラ」

「情報独占の記者クラブを守り、報道の自由を語る」


……もうツッコミどころしかないわけで。


というわけで今回は、「なんで日本のマスコミってこうなの?」という疑問を、歴史的な背景から掘り下げつつ、フランクに語っていこうと思う。



■ 戦争を煽ったのは軍部だけじゃない。「マスコミも共犯だろ?」


まず最初に言っておきたいのはコレ。


戦争を煽ったのは軍部だけじゃない。メディアも立派な“戦争協力者”だったってこと。


たとえば朝日新聞の有名な社説にこんなのがある。


「進め一億火の玉だ」


完全にイケイケの戦意高揚記事。

他にも、「鬼畜米英!」「大和魂!」みたいなフレーズをバンバン使って、

国民の士気を煽りまくってた。


そして国民も「これは正しい戦争なんだ!」と思わされていった。

情報が限られた時代だから、新聞やラジオの言うことは絶対だった。

つまり、メディアが国民を“洗脳”してたと言っても過言じゃない



■ 戦後、「俺たちは被害者です」って何それ?


じゃあ戦後、どうなったかというと、手のひら返しの大合唱。

「軍部が暴走した」

「言論の自由がなかった」

「我々も弾圧された」


……いやいや、お前ら自分から進んで戦争に加担してたやん?

政府に言わされたとか、被害者ぶってんじゃねえよって話。


それどころか戦後は、「国民は反省しろ!」「戦争の記憶を風化させるな!」と、上から説教モード。

自分たちが加害者だったことは一切触れない。反省も検証もしない。


マジで卑怯。これが戦後のマスコミの出発点。



■ 「記者クラブ制度」という情報利権


そして現代に続く最大の問題。それが記者クラブ制度


これ、簡単に言うと「情報の囲い込み」。


大手メディア(新聞・テレビ)が特定の省庁や自治体、警察に常駐して、

プレスリリースが最速で受け取れる

会見に優先的に参加できる

オフレコ情報がもらえる


っていう、いわば“情報特権クラブ”。


フリーランスの記者?

ネットメディア?

YouTuber?

入れません。お引き取りください。


これ、現代の民主主義社会としてありえない閉鎖性。



■ 報道の自由を語るくせに、自由を潰してるのはお前らだ


マスコミって「言論の自由が〜」「知る権利が〜」ってすぐ言うけど、

一番その自由を潰してるの、あなたたちですよね?

フリーの記者を排除しておいて

自分たちだけで情報を独占して

都合の悪い質問を封じ込めて


で、国際NGO「国境なき記者団」から「日本の報道の自由度が低すぎる」って言われたら、


「日本は自由ですよ?逮捕されないし」


……いや、そういうことじゃない。

問題は自主規制と記者クラブの癒着構造なんだよ。


でもそれを一切見直そうとしない。

なぜか? 自分たちが既得権を持ってるからだ。



■ フリー記者の追い出しと報道しない自由


たとえば政府の会見で、フリーの記者が「鋭い質問」をするとする。

するとどうなるか?

他の記者が睨む

主催者が打ち切る

次から呼ばれなくなる


え?怖っ……。

これが現代日本の報道の現場。

戦前と同じじゃね?


しかもマスコミはこれを報じない。

だって、「報道しない自由」があるから。


都合の悪いことはスルー。

自分たちの不祥事はちっちゃくしか報じないか、無視。

一般人が誤報したら「説明責任!」

自分たちが誤報しても「技術的な問題でした(以下スルー)」


もうね、ダブルスタンダードの極み



■ なぜここまで変わらないのか?「空気」に従う文化


じゃあ、なんでこんな体質が変わらないのか。


それは、日本のメディアが――いや、日本社会そのものが――


「空気に従う」

「同調する」

「波風を立てない」


という文化だから。


戦前:空気を読んで戦争を煽る

戦後:空気を読んで戦争を批判する

現在:空気を読んで政府とズブズブ


何も変わってない。



■ 本来、報道って「嫌われる仕事」のはずなんだよ


報道って、権力に嫌われるくらいでちょうどいいんだよ。

「アイツらうるさいな、でも言ってることは一理ある」って言われてナンボ。


でも日本のマスコミは逆。

「また呼んでもらえるように」

「記者クラブから外されないように」

「役所に睨まれないように」


って、常に“顔色うかがい報道”。

それって、権力の番犬じゃなくて、ただの飼い犬だろ。



■ 国民が「空気」に逆らわない限り、何も変わらない


そして一番の問題は――

多くの国民がこの体制に慣れきってしまってること。

「どうせニュースなんて大本営発表でしょ」

「マスコミは嘘つくけど、他に情報源ないし」

「しょうがないよね、日本だし」


って、みんな諦めてる。

だけど、そうやって空気に従ってる限り、メディアも変わらない



■ 結論:戦前から何も変わってない。そのツケを払わされるのは国民だ


戦争中は「鬼畜米英!」と煽り、

戦後は「戦争は悪だ!」と説教し、

今は「報道の自由!」と叫びながら、

都合の悪い情報をシャットアウト。


そんなマスコミが100年も続いてる。


本当にヤバいのは、「また同じことが繰り返されるかもしれない」という現実。

情報が制限され、空気が支配し、逆らう人間が「非国民」とされる。

それってもう、“あの時代”と何も変わらないじゃん。



というわけで、日本のマスコミに言いたい。


まずはお前らが「反省」しろ。

戦争の責任、情報操作の責任、報道しない自由の濫用。

それ全部、自分たちの責任だろ。


偉そうに国民に説教する前に、自分たちの過去と現在をちゃんと直視しろ。

その上で、本当の意味で「言論の自由」を語ってくれ。


じゃないと、また同じこと繰り返すぞ。

コメント

このブログの人気の投稿

「マスゴミ化」が止まらない——日本のメディアが信頼を失った理由

「ふっくら握りました」の裏側で、日本人の栄養が削られている件

なんで日本はいつも“他国の失敗”を後追いするの?