選択的夫婦別姓にモヤる理由、全部書いた ― 名前が違えば幸せになれるってホント?

 


選択的夫婦別姓って、そんなに必要か?



――今まで問題なかったものを、なぜわざわざ変えるの?


最近また「選択的夫婦別姓」がニュースやSNSで話題になってるみたいだけど、正直に言うと、俺はこの制度にそこまで賛成じゃない。というか、「今まで特に困ってなかったのに、なんで制度を変える必要があるの?」って感覚が正直なところ。


もちろん、「苗字を変えたくない」という人がいるのは理解してるし、それが理由で結婚に踏み切れない人がいるって話も聞く。でもさ、それって本当に「制度を変えるレベルの話」なの?って疑問があるんだよ。


今の制度で不自由してる人も中にはいるんだろうけど、大多数は現状でうまくやってるんじゃないの?って思うわけ。しかも、夫婦同姓が絶対に嫌なら、事実婚という選択肢だってあるわけで。そういう自由はすでに存在してるんだよね。


「別姓にできる自由をくれ」って言われても、「いやいや、変える必要ないじゃん。なんで今さら?」っていうのが素直な感想なんだよ。





苗字を変えるのって、そんなに苦痛か?



そもそも「苗字が変わるのが苦痛」って主張も、ちょっと大げさすぎる気がする。たしかに手続きはめんどくさいよ?免許証の名前変えたり、銀行口座直したり、会社のメールアドレスや名刺を変えたり。でもそれって、結婚したら住所変わったり、住民票いじったり、そもそも色々と手間がかかるもんでしょ。


「苗字だけが手間」とか「苗字が変わるとアイデンティティが失われる」とか、言い方がなんかこう、わざと大げさにしてる感じがして、共感しにくい。


しかも選択的夫婦別姓を主張してる人の中には、「結婚しても自分らしくいたい」とか「名前は自分のアイデンティティだ」とかって言うんだけど、それって裏を返せば「配偶者と同じ姓になるのは、自分を失う」って言ってるようなもんでしょ?


それって相手に対して失礼じゃない? 


結婚って、ある意味では“お互いの人生をすり合わせていく”って行為なんだし、苗字が一緒になることにそこまで抵抗があるなら、そもそも「結婚」という制度そのものが合ってないだけなんじゃないの?とも思う。





経団連の「ビジネス上の合理性」ってそんなに正論か?



で、笑ったのが経団連の主張ね。

日本を代表する企業の親玉たちが、「選択的夫婦別姓はビジネス上も合理的です」って言い出したんだけど、その理由が、


「結婚によって苗字が変わると、社内のシステムやメールアドレス、名刺、契約書などの修正が必要になり、非効率だ」


ってやつ。


…いや、それって別姓にしても、結婚にともなう手続きはあるんじゃないの?


扶養の登録とか住所変更とか、社内手続きなんて結婚すれば何かしら発生するんだから、苗字の変更だけが非効率って言われても、なんかピンとこない。


しかもメールアドレスの変更とか、IT担当がサクッとやる話でしょ?

名刺なんて異動のたびに刷り直してる人もいるし、「苗字変えるのは非効率」とか言われても、ちょっと苦しい。


むしろ、「制度を変えてくれたら名刺代浮くんですよ〜」っていう企業の都合の押しつけにしか聞こえない。





国際的にどうこうって話、関係ある?



よくある主張として、「海外では夫婦別姓が当たり前」っていうのがある。

特に欧米ではそういう国が多いんだって。


でもさ、だから日本もそうしろって、おかしくない?


だって結婚制度って、宗教や文化、家族観にガッツリ根ざしてるものでしょ?

アメリカやヨーロッパの制度が「正解」で、日本が「遅れてる」ってことにはならないよね。


それぞれの国が自分たちの文化や社会に合った制度を持ってるだけの話であって、「欧米に合わせなきゃ」っていうのは、むしろ自分たちのアイデンティティを捨ててるようなもんじゃない?


「国際的に見て〜」って言う人たちって、本当は“西洋的価値観を正解とする病”にかかってるだけなんじゃないの?って思う。


海外のマネして制度を変えた結果、逆に文化のつじつまが合わなくなってゴチャゴチャになる例なんて、世界中でいくらでもあるんだしさ。





自民党の「制度の複雑化が懸念」って、実は一番大事な話



一方で、自民党は「制度が複雑になるのは問題」と言っている。

これって、地味だけど超重要な話。


今の戸籍制度って、夫婦が同じ姓を名乗って一つの“戸籍”にまとまることで管理されてるわけよ。だからこそ、家族の単位がはっきりしてて、行政手続きも比較的スムーズに行われる。


でも選択的夫婦別姓が導入されたらどうなるか?


  • 夫婦で別姓なのに同じ戸籍?
  • 子どもはどっちの姓を名乗る?
  • 離婚したときの姓の扱いは?



みたいな話が一気にややこしくなる。

実際、「戸籍がバラけると事務が煩雑になる」とか、「公的書類の一貫性が失われる」とか、現場の混乱は避けられない。


制度ってのは、全国民が使うもんだから、例外処理を増やすと途端にメンテが大変になる。ITシステムでもそうでしょ?例外多すぎるとバグの温床になるんだよ。





子どもの苗字はどうするの?



この問題も全然答えが出てない。

選択的夫婦別姓を導入したら、当然出てくるのが、


「子どもの苗字はどうすんの?」


ってやつ。


どっちかの親の姓に統一するって言っても、それはそれで「選ばれなかった側」の不満が出るよね。

しかも将来的に「自分はなんでこの苗字なの?」って子どもが悩むことも出てくるかもしれない。


さらに、兄弟姉妹で別の苗字になる可能性もあるっていうから、もう訳わからん。


学校でも親の姓と違う子どもがいると、先生も対応に困るだろうし、周りからも「なんで?」って思われるかもしれない。


こういう“子どもの視点”が完全に置き去りにされてるのが、今の議論の一番の欠陥だと思う。





自由に見せかけた“空気圧力”の存在



あとね、選択的って言っても、実際に導入されたら「選べる」じゃなくて「選ばされる」になるんじゃないか?って懸念もある。


たとえば社内の9割が別姓を選んでたら、「えっ、君、今どき夫婦同姓なの?昭和〜」って空気になるかもしれない。

逆に同姓ばかりの環境で別姓にしたら、「えっ、夫婦で苗字違うの?仲悪いの?」って言われるかもしれない。


つまりね、「選べる」ってのは理想論で、現実には“空気を読むプレッシャー”という新しい不自由が発生するわけよ。





結論:変える必要がないなら、変えなくていい



というわけで、俺の立場は明確。


「今まで特に問題なくやってこれたものを、無理に変える必要はない」ってこと。


もちろん、個人的な事情で別姓を望む人がいるのは理解する。でも、そのために社会全体の制度を大きく変えるってのは、コストがデカすぎる。

そして、変えたからといって全員が幸せになる保証もない。


制度を変えるっていうのは、すごく大きなリスクを伴う行為なんだよ。

「自由が増えるからいいじゃん」じゃなくて、「その自由の裏にある不自由」をちゃんと見て判断すべきだと思う。


だから俺は、あえて言う。


「選択的夫婦別姓?いや、別にいらないでしょ。」


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