平等な国・日本、それでも公平じゃない理由

 日本は平等だが決して公平ではない


「日本って平等な国だよね」

たぶん、こう思っている人は多いと思う。

法律上は誰もが同じ権利を持ってるし、選挙権もある。学校にも通えるし、どこに生まれても一応ルールは一緒。差別はダメだよってちゃんと決まってる。


じゃあ、それで本当に「公平」なのか?

今日はそんな話をしたい。



ルールが一緒ならそれでいい?


よく、「ルールが同じならそれで平等でしょ?」って言う人がいる。

たしかにその通りだ。日本では、誰に対しても一応同じルールが適用される。

だから、あとは本人の努力次第、っていう考え方になる。


でもね。

本当にそれだけでフェアって言えるのか?


例えば、ある人は裕福な家庭に生まれ、私立のいい学校に通って、塾にも行き放題。

一方、別の人は、家庭が苦しくてアルバイトをしながら高校をなんとか卒業するのがやっと。


この二人に「はい、同じルールで競争してね!」って言ったら、それって本当に「平等な勝負」なのか?


ルールが同じでも、スタートラインが全然違ったら、それはもう別のゲームだ。

マリオカートで、片方だけ最初からスター持ってるみたいなもんだよ。



平等と公平の違い


ここで出てくるのが、「平等」と「公平」の違いだ。


平等っていうのは、ルールを一律に適用すること。

公平っていうのは、その人それぞれの状況に応じて、公正な扱いをすること。


たとえば、

身長が120センチしかない子と、190センチある大人に、

「じゃあ同じバスケットゴールにシュートしてね!」って言ったら、

ルールは一緒だけど、チャンスは全然違う。

これが「平等だけど公平じゃない」ってやつ。



公平を突き詰めると共産主義になる?


じゃあ公平を徹底すればいいのか、というと、そんなに簡単でもない。


もし社会が完全な「公平」を目指して、

スタートもゴールも全部揃えてしまったら、

それってほとんど共産主義だ。


つまり、

・努力しても努力しなくても、結果はみんな同じ

・がんばったご褒美も、怠けたペナルティもない


こんな社会、想像してみて。

絶対にやる気なくなるよね。

「頑張ったら損する」とか思ったら、誰も頑張らない。

経済は回らなくなるし、技術も発展しない。


実際、ソ連とか旧共産圏の国々はそれでガタガタになった。


だから、社会は「完全な公平」も目指しすぎちゃダメなんだ。

適度な競争、適度な自由がないと、人間は動かない。



じゃあ、どこまで公平を目指すのか?


ここが難しいポイントなんだよね。


完璧な公平はムリ。

でも、あまりにも不公平なスタートを放置すると、

今度は社会そのものがギスギスして壊れちゃう。


だから、現実的にはこう考える。


「最低限のスタートラインの整備だけは社会でやろう」


たとえば、

・みんな最低限の教育は受けられるようにする

・重すぎる貧困や病気で脱落しないように医療や支援を整える

・セーフティネット(生活保護とか)をちゃんと用意する


でも、そこから先の努力や結果は、本人次第だよ、っていうスタイル。



累進課税ってそういうためにある


この「スタートラインを整える」ための仕組みが、まさに累進課税なんだ。


いっぱい稼いだ人には高い税率で税金を払ってもらって、

それを社会全体の支えに使う。


たとえば、

・お金のない子どもたちに教育の機会を広げたり

・失業した人を支援したり

・病気や障害で働けない人を支えるために使ったり


これが「所得再分配」ってやつだね。


もちろん、やりすぎると「稼いでも意味ないじゃん」ってなってしまうから、バランスは大事。

でも、累進課税の基本的な考え方は、「最低限の公平を保つため」ってことなんだ。



ある程度の不公平は仕方ない


ここで大事なのは、

「ある程度の不公平はもう仕方ない」ってことを認めること。


人間はみんな違う。

努力できる人もいれば、できない人もいる。

恵まれた環境に生まれる人もいれば、そうじゃない人もいる。


完璧にスタートを揃えることはできない。

だからこそ、

「できるだけひどい不平等を減らす努力はする」

でも、

「最終的には個人の努力と選択に任せる」

っていう考え方が大事なんだ。



まとめ:日本は平等、でも公平じゃない


日本は、法律上は平等な国だ。

でも、現実にはスタートラインが違う人がたくさんいる。


それを完全に無視して「自己責任!」と切り捨てるのも違うし、

「みんな同じ結果にしましょう!」と共産主義みたいにするのも違う。


大事なのは、

最低限のフェアな環境を整えること。

でも、それ以上は本人の努力と自由に任せること。


このバランスをどう取るかが、社会にとってめちゃくちゃ大事なテーマなんだと思う。



というわけで、

「平等」と「公平」の違いを意識しながら、

このちょっとややこしいけど大切な問題、

これからも考えていきたいなと思う。


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