自己責任と言い放った奴らに責任を取らせろ

 氷河期世代はなぜ生まれたのか 〜自己責任論者たちへの怒り〜


就職氷河期世代。

それは、日本が最悪のタイミングで若者を社会に送り出した結果、生まれた悲劇の世代だ。


1970年代後半から1980年代前半に生まれた人たち。

彼らが社会に出ようとした時、日本経済はバブル崩壊直後のドン底だった。

景気は冷え込み、企業は採用を大幅に絞り、求人倍率は地を這った。

まさに「地獄の就職戦線」。

けれど、この地獄を用意した張本人たち──政治家も財界人も──なぜか知らんぷりを決め込んだ。



バブル崩壊、そして就職市場の崩壊


1991年、バブル経済は音を立てて崩壊した。

土地も株も、ありとあらゆる資産価格が暴落。

企業は借金を返すのに必死で、新卒採用どころじゃなかった。


普通なら、ここで政府が若者支援策を打ち出すべきだった。

ところが当時の日本は、「景気回復すればなんとかなるだろ」くらいの超楽観モードだった。

1998年、首相・小渕恵三はこう言った。


「景気回復なくして財政再建なし」


確かに、景気を立て直すという方針自体は間違ってない。

でも、実際に行われたのはバラマキ的な公共事業や銀行救済であって、若者向けの就労支援や再教育なんて、ほぼ何もなかった。

要するに、社会に出たばかりの若者たちは、完全に「無視」された。



自己責任論という名の冷酷な言い訳


さらに、2001年以降、小泉政権+竹中平蔵が登場する。

このコンビが叫んだのが「構造改革」と「市場原理主義」だった。


竹中平蔵はこう言っている。


「市場に任せるのが基本だ。痛みを伴っても改革が必要だ」


これが意味するのは、リストラを推進し、セーフティネットを削り、

「うまくいかない奴は自己責任ね」

という、超ドライな社会の到来だった。


氷河期世代は、ただ運が悪かっただけなのに、

「努力が足りない」

「もっと自己責任を持て」

と叩かれた。


いやいや、おかしいだろ。

最初からスタートラインにすら立たせてもらえなかったのに、どんな努力をしろっていうんだ?



経済界も政界も「他人事」だった


企業側の態度もひどかった。

90年代から2000年代初頭、経団連はこんな提言を繰り返していた。


「終身雇用・年功序列を見直し、能力主義・成果主義を導入すべきだ」


建前は「がんばった人が報われる社会に」だけど、

実態は「安く使い捨てられる若者を量産したい」だけだった。

氷河期世代は、経験不足を理由に門前払いされ、正社員登用の道も閉ざされた。


そこにさらに追い打ちをかけたのが、日銀の失態だ。

速水優総裁(当時)はこう言い放った。


「インフレ懸念から金利は上げるべきだ」


いや、バブル崩壊して不景気ど真ん中なのに、何インフレ心配してんの?

完全にピント外れな金融政策のおかげで、日本はデフレスパイラルに突入し、就職市場はますます冷え込んだ。



自己責任論者たちの「自己責任」はどこにいった?


ここで改めて言いたい。


結局のところ、経済界も政界も「自己責任」って言葉を使って逃げただけだろ。


バブルを膨らませたのは誰だ?

崩壊後に無策だったのは誰だ?

構造改革と称して雇用破壊を進めたのは誰だ?


彼らこそが、失敗の責任を取るべきだった。

でも誰一人、本気で責任を取った奴なんていない。

地位も名誉も失わず、のうのうと引退して、あげく「思い出話」みたいにバブルを語る。


氷河期世代に向かって「自己責任」なんて言う資格、あんたらにはない。



「チャンスは自分でつかめ」? ふざけんな


2002年、経団連会長だった奥田碩(トヨタ自動車会長)はこう語った。


「これからは自ら機会をつかみ取る時代だ」


あのさあ、機会そのものが存在しなかったんだよ。

企業が採用を絞って、社会が冷たく突き放して、チャンスが転がってない地面に、

「ほら、自分で拾え!」

って言われても、無理だろうが。


結局、「努力すれば報われる社会」なんて幻想だった。

努力の前提になる「スタートライン」が存在しなかったんだから。



いま、あらためて考えるべきこと


氷河期世代が社会に与えた影響は、じわじわと表面化している。

低年収層の増加

結婚・出産率の低下

社会保障制度への負担増


これらはすべて、氷河期世代を放置したツケだ。

しかも、今さら「支援します」と言われても、年齢的にもキャリア的にも、取り返せる人は限られている。


政治も企業も、もっと早く、真剣に手を打つべきだった。

自己責任なんて言葉で片付けずに、社会の構造的な問題として、正面から向き合うべきだった。


それをやらなかったツケは、結局、社会全体が払うことになる。



氷河期世代に求められるのは、今さら「もっと頑張れ」なんかじゃない。

まずは、あの時代に見殺しにされた事実をちゃんと認めることだ。

そこからしか、再生は始まらない。


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