どっちが必要?LGBTQ学者 vs 配管工のおじさん

 


ハーバードでLGBTQを学ぶより、電気技師や配管工の方がずっと必要な件




「社会が本当に必要としてる人材」って、なんだっけ?



最近、「ハーバードでLGBTQ研究をしました!」みたいな話を聞くと、率直に「……それが何になるの?」って思ってしまう。


いや、差別はいけないよ。LGBTQの人をいじめたり、排除したりするのは論外。でもさ、「LGBTQの権利をもっと! 多様性をもっと!」って騒ぐ人が、電気止まっても自分で直せるわけじゃないし、水漏れしても配管できるわけじゃないんだよね。


極端な話、LGBTQの権利を100時間語れる人が100人いても、エアコンは動かない。

それよりも、配線1本通せる電気技師が1人いるほうがよっぽど価値あるよね?





多様性とか言ってる場合か?って話



世の中には「正しさ」を語る人が多すぎる。特に大学やメディアなんか見てると、「多様性を大事に」「ジェンダー平等を進めよう」とか、きれいごとばっか。でもさ、そういうのばっか強調してるくせに、現場がどうなってるか、誰も見てないんじゃないの?


電気技師も配管工も溶接工も、みんな高齢化で人手不足。でも若い人が入ってこない。理由はカンタン。社会がそういう仕事を「底辺」扱いしてるから。


でもさ、じゃあ聞くけど――

もし君の家の水道が詰まって、LGBTQに詳しい人と配管工、どっちを呼ぶ?


もう答え出てるよね。





「LGBTQを学んだ=意識高い」みたいな風潮が気持ち悪い



最近、「○○大学でジェンダー研究を専攻しました!」みたいな人が、自信満々にSNSで語ってるのを見かけるけど、こっちは正直「それで何ができるの?」って気持ちになる。


もちろん、学問として否定はしないよ。でも、あまりにも**“お勉強だけで完結してる世界”**なんだよね。現場に出ない、汗もかかない、人の命も直接背負わない。


一方、技能職ってのは、手を動かして、人の生活を支える仕事。

ミスすれば感電するし、水漏れで大惨事にもなる。つまり、めちゃくちゃ責任重い。


それなのに、なぜか「LGBTQを学んだ人のほうが高尚」「技能職は誰でもできる」みたいな空気がある。この価値観、完全にズレてる。





「リベラル=正義」「技能職=劣等」って勘違いしてない?



大学やマスコミの多くは、「リベラルな意識」を持ってる人を“進んだ人”扱いする。LGBTQの問題に取り組んでるとか、SDGsに詳しいとか、環境問題に敏感とかね。


でもそれって、本当に世の中を良くしてるの?


冷静に考えよう。

・あなたの家の電気が通ってるのは誰のおかげ?

・水道が使えるのは?

・エアコンが動くのは?

・ビルが建つのは?

・道路が舗装されてるのは?


全部、技能職の人たちの手によるもの。

LGBTQや多様性の理屈を一生語ってても、現場は1ミリも進まない。





本当に足りないのは「人権学者」じゃなく「現場の技術者」



社会には今、明らかに“偏り”がある。

何の偏りか? それは、「注目される職業」と「本当に求められている職業」の間のギャップ。


いま必要なのは、人権活動家でも、LGBTQ研究者でもなく、動ける人。働ける人。生活を支える人。


たとえば:


  • トラック運転手が減ったら物流が止まる
  • 農家が減ったら食料が足りなくなる
  • 大工が減ったら家が建たない
  • 介護士が減ったら老人が路頭に迷う



これ、全部現実に起きてる話。

でもテレビや新聞が取り上げるのは、だいたい「マイノリティが生きづらい世の中」みたいな話ばっか。





なぜこんなズレた価値観がまかり通るのか?



根本の原因は、「教育」と「メディア」だと思う。


子どもに「いい大学に行って、頭を使う仕事に就け」と教え、テレビでは「社会問題に詳しい人=すごい人」みたいな演出をしてる。でもそれって、要するに現場職を馬鹿にしてるだけじゃないの?


そりゃ若者も、溶接工や大工より、「NPO職員」とか「市民活動家」に憧れちゃうよね。でも実際には、社会を動かしてるのは、地味で、汗まみれの仕事をしてる人たち。





結論:今こそ、「手に職」の人を尊敬しよう



何度でも言うけど、

LGBTQの権利を否定するわけじゃない。差別はもちろんダメ。だけど、それを“特別扱い”して、「LGBTQに詳しい人は偉い」「技術職は下」といった価値観が広まるのは、おかしいと思う。


社会には、机の上で語る人よりも、

ドライバーを回せる人、ハンダごてを握れる人、泥だらけで配管を通す人のほうが、ずっと必要。


これからAIがどれだけ進化しても、配管工は消えない。電気技師も、介護職も、農家も、消えない。


必要なのは、「語る人」じゃない。

「動く人」「支える人」「作る人」だ。


だからこそ、

ハーバードでLGBTQを学ぶよりも、電気技師や配管工のほうが社会にとって何倍も大事。


これは差別でも偏見でもなく、ただの現実。


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